雑記帖

存在します

階段

小さいころに読んでいた『ものぐさトミー』という絵本のことをときどき思い出す。主人公のトミーはほぼ完全に自動化された家に住んでいて、朝起きてからお風呂に入り、歯を磨いて着替えをし、食事をとるところまで、すべて機械が見事にお世話してくれる。ト…

変わるのはわたしではない

ここ一年くらいずっと家庭裁判所のいくつかのページを睨んでいる。恨みがあるわけではない。そうしなくてはならないような気もするし、そうする必要はまったくないような気もするし、そうしたいような気もするし、まったくどうでもいいような気もする。実際…

ブループリント

ぼくはおこ、おこ、おこ、おこってるんだよ! と叫んでいる子供を見た。「おこっている」と初めて言ったのかな、と思った。わたしは怒っている。確かにあまり言ったことがないように感じる。「腹が立つ」のほうがまだしも言った覚えがある。言い覚えがある、…

生活の手触り/今年観た映画

器用ではないしコンロが1口しかないのでだいたい同じタイミングで完成するように料理を何品か作って机の上に並べていただきますと言って食べ終わったら皿を下げて洗ってここまでで1時間というようなことができない。何かをひとつ作って食べ終わったらまだも…

in jest

自分の死体を見たらかなり笑っちゃうだろうな、みたいな想像のこと。おかしくて笑ってしまうということがあり、他の表情を選べずに笑ってしまうということがあり、おぞましくて笑ってしまうということがあるのだろうと、等しくあるのだろうと思う。 人が結婚…

わたしたい

このまま歩いていけばどこまでも遠くに行くことができてずっと帰ってこないことができるということに小さいころ初めて気がついた瞬間があってすごく怖かった。家の近くには森があって森の中にも道があって道の先にはまた道があった。学校の背後には峠があっ…

備考欄の空白

とりあえず近況ということにしたい。自分について話すのは得意でもなければ好きでもなく、元気もあまりなく、わざわざ公開状態にして話しておく意義も感じない。安い神秘性の神話を昔から割と信じていたということはあるけれど、それは結局のところ神話でも…

観光案内人

中央分離帯に取り残された人がこちらに手を振っているのが見えますね? あれをどうして中央分離帯と呼ぶのかというと、むかしは中心と周辺というのが分かれていて、人間は互いに争っていて、不公平というものが、つまり公平でないということですが、意味をも…

退屈と無意味

物がすくない部屋の隅に人が背中を丸めて座っている。 顔はこちらから見ることができない。服装からも髪型からも特段、その人らしいといえるような特徴は読み取ることができない。部屋は灰色で、その人も灰色で、反対の隅から差し込んでいる光も灰色、それな…

感情の手紙

嫌だよねえ、と物語の嫌な場面を読みながら、より正確には物語の人が何かを嫌がる場面を読みながら思うことがある。嫌だけど嫌じゃない場合もあって、嫌ではなかったこともあって、それも含めて嫌なんだけど、でもそう言うにはただ嫌というしかない。「いや…

思考の最近の複数の

単純ではないことが多いので難しい、それはつまり、複雑なことが少なくないということだけれど、どこから話したらいいのかわからなくて、結局生まれたときのことから、生まれる前のことから、この釈迦という人はどれくらい偉い人なんですかと尋ねられて実は…

concord

人に優しくされたり褒められたり祝福されたりすることに慣れたいと思うことがあり、そう思うとほとんど同時に、そうしたことに慣れたくないと思う、それは話がすれ違っており、慣れたいと思うというのは、いちいち人がわたしを気にしているという事実に怯え…

沈黙について

むかしむかしあるところに、人がなんのよすがもなく生きているということに不安を覚える人がありました。人であればなんでもいいのですが、とりあえずここではおじいさんであるとしておきましょう。あるいはおばあさんであったり、おじいさんおばあさんであ…

絶対に関する断片

絶対的なものを色々とりかえてみて人が生きていると考えてみるのはどうだろうか? 神は死んだという宣言をまじめに受け取ったのはサルトルのほうで、ニーチェ自身は世界の絶対性に対してはそれなりに楽観的であったような気がする、あるいはそうでなくても、…

話さない(内心の近況)

近況はカテゴリーではない。面白い掴みから文章を始める必要はない。文章は順番に読まれるべきではない。ディスコースマーカーは拠り所にされるべきではない。話される言葉が線条性を持つのは話す人と聞く人の双方の事情によるものだ。書かれる言葉が線条性…

年末ウィザード

Q. 自分よりも頭のいい人を、人をというのは登場人物を、生み出したいと思ったことはありますか? A. はい。 Q. そのためにはどんなことが必要になると思いますか? A. 頭のいい人を作り出す方法にはいくつかあるのですが、ひとつには、一般に頭の良さと何ら…

水中花

あらゆること、あらゆることについて苦もなく全能をもって語ることができるということ、それとほとんど同時に、それゆえにということではなく、しかしそれと深々と絡みつくような形で、ほとんどのことについてはまったく語ることができず、目撃したものの、…

顔、道具、顔

兄に似てきた気がする。どういうところが似てきた気がするのかといえば顔である。顔が似てくるということがあるのかどうかはわからないが、顔が似てきた気がするのでまあそういうことはあるのだろうとしておく。いやそれは本当はおかしく、顔が似てきた気が…

主人公ではない人について

公爵令嬢メリー。ペチョーリンはピャチゴルスクに滞在している。わかりやすくバイロニズムにかぶれているグルシニツキーは自らを人生の物語の主人公として任じているようで、彼のメリーへの恋はその物語の一頁をなすかのように彼自身には思われるのだが、ペ…

ad personam

サカナクションの曲で一番好きなのはなに?『映画』。 サカナクションの曲で一番きらいなのは?特にない。 サカナクションの曲で一番好きなのはなに?『ミュージック』。 サカナクションの曲で一番きらいなのは?『Klee』。 サカナクションの曲で一番好きな…

噴水塔

あなたはビルの縁に腰掛けている。あるいは大理石の神殿の柱と柱の間に。あるいは天井の低い、二段ベッドが部屋の半分を圧しているような、西向きの部屋の隅に置かれた、背もたれの低い木製の椅子に。 あなたは座っているのではなく腰掛けているのでなくては…

半年前の覚書より

かつては反時代的であるということに何らかの勇気が必要であったように思われるというか、そもそも時代の潮流というものが幻影的であれ何かテーゼを伴って駆動していたために、それに対して反抗的な態度をとるということもそれはそれで立派であったというよ…

名付けと偶然性(部分的な近況)

クリプキの話はしません。クリプキの話みたいな話はするかもしれませんが。 最近起こったことの話をするとややマニアックに過ぎる気がするのですが、マニアックに過ぎるというのはたとえばあるカルト作家の知られざる短編を読んで別に面白くなかったみたいな…

ストーリイ・テリング

あるおにぎりがわたしの目の前にある。ある鬼斬りがわたしの目の前にある。とても美味しそうだ。とても美味しそうなので、写真を適切な角度で撮り、小粋なコメントを付して全世界にこのおにぎりを公開したい。この鬼斬りを公開したい。あるところにそういう…

フィエーゾレの丘といくつか

家を出れば徒歩3分のコンビニが正常性バイアスといっしょにいます 引っ越したら家の近くにあるコンビニがセブンイレブンからファミリーマートになった。ファミリーマートはセブンイレブンよりも増殖の度が激しく、家から同心円を書いた時に同じ円上に位置す…

前髪は釣り糸にできるか

できるとしてするのですか? わたしはしませんよ。でもあなたはするかもしれない。中学生ぐらいのころに「きみ」とか「あなた」とか呼ばれることを極端に嫌っていたことがありましたが、あれはやはり客体化されている感覚に怯えていたということだったのかも…

雑談のような芸術家の肖像

「ドイツの哲学者で、名前は忘れてしまったのですが、as ifを人間存在の根本規定として考えた人がいましてね、なんて言ったっけな……」というのは少し前に知り合いが述べていたものでして、知るべきことを知るとはそういうことかもしれないと思うんですがね、…

身体の流離

・死死後の世界の奇妙なところは、そこに至る人がみな、自分の人生の一片の姿、最良ではなかったかもしれないが、多くの意味で扱いやすいと思われる姿で現れることだ。わたしたちはそこには決して10代の姿では現れないし、また同様に80を超えて歩くこともま…

物語のバーチャリティ(あるいは存在について)

つまり久々にバーチャルの話であり、「中の人」論でもあります。バーチャルYouTuberとかVTuberみたいな表現を使うと対象が(意図に反して)狭くなりすぎるという側面があり、何となくバーチャル存在みたいな言葉を使いますがまあ深い意味はないです。 ゲーム…

夏が来るので

夏が終わることを考えています。その先にあるものが秋でも冬でも春でもいいのですが、ともかく夏が終わることを考えます。曰く季節は7つに分けることができて、それは秋、冬、春、夏の始まり、夏、夏の終わりであると。毎日を煌々とさせてあっても夏はそれ自…