雑記帖

存在します

in jest

  • 自分の死体を見たらかなり笑っちゃうだろうな、みたいな想像のこと。おかしくて笑ってしまうということがあり、他の表情を選べずに笑ってしまうということがあり、おぞましくて笑ってしまうということがあるのだろうと、等しくあるのだろうと思う。

  • 人が結婚したことを聞くといつも惑星のことを想像する。惑星にひとつだけぽつんと立つ家。

  • 死のうかな、とまったく死ぬ気がないままに思うことがしばしばある。死にたいな、とか、死んだほうがましだ、とか、生きているのがいやだ、とかではなく、選べるコマンドの中に「死ぬ」があるという事実をいちど手元に引き寄せてみる感じで。

  • はい、やっていきましょう、はいはいはーい、朝朝朝、ほらほら、はーいそうそう、はいはいはい、そう起きる起きる、はーいいきましょうね、と自分に言い聞かせながら起きる日々のこと。

  • 生きてるーって感じがするよね、起きたときにぜんぜん疲れが抜けていないときとかにさあ。

  • 知らないものが何もなくなったらたぶん死んでしまうくらいに知らないものに依存しているのに、自分に知らないものがあることを昔からずっと許せないと思っている、そもそも知識とはそういうものではないのだけれど。

  • 君たちはどう生きるか』を観て何かを思わなければならないと思ってしまう人がそれなりにいるというのは、何かを思うことを作品が求めているかということとはまったく別の問題としてひどく不幸なことだと思う。中途半端に賢く、賢しくなってしまった人間の条件と埋めるべくもない時間の懸隔とあなたの小手先のほんとうの気持ちのすべてがそれを言わせるのだとしたら。

  • 「初めに言葉があった」と書いてある書物があり、「言葉があるならはやく言ってよ〜!」とあなたは言った。

  • 大声で歌を歌いながら家に帰りたい。

  • みんなもう、インターネットに人生の順番をぐちゃぐちゃにされているから、趣味のところに「人間観察」って書くのはやばいという諒解があって、そのあとではじめて趣味の欄をどう埋めようか悩んだりする、それはあなたのほうが悪くて、何が言いたいって、じゃあほんとうに人間が動いたり止まったりしてるのを面白いと思ってそれを見てたんなら、本気でそう書いて本気で見たことを覚えていてときどき話したり、みたいな、そもそもそういうことが順番とか関係なしに人生の部分じゃなかったの、と、そうやって改めて、じゃあやっぱり、インターネットがぐちゃぐちゃにしているのはとても人生なんて呼べるようなものじゃなくて、ただの過去の記録の過去に過ぎなかったんだね、と気づいて、そこでようやくため息が出せるようになる。

  • 伝わらなかった冗談だけが永遠に残る。

  • お風呂のなかで思いついたことをいくつ忘れたかよくわからない。忘れつづけていることだけは年々確かなものとしてある。

 

はるかなるもろこしまでもゆくものはあきのねざめのこころなりけり

よごとただつくるおもひにもえわたるわが身ぞはるの山べならまし

——大弐三位

 

  • あなたの性自認性的指向は何かと問われるとよくわかっていないので慎重にわかっていきたいとは思うものの、わかっていないと答えると弱さを指弾される危険があるのでそれを見越して沈黙してしまうということはある、不便で申し訳ないと自分に対しても親しい人に対しても思っている。大浴場やトイレや化粧品売り場やラジオボタンやあなたの屈託のない、わたしにとっては許しがたい冒涜が許せるようになってしまうことが、そのことへの感情に飽きてしまうのが、どうすればよいのかわからなくて不安だ。

  • それはそれとして、ということでもないけど自分が性別違和を扱ったフィクションを多く読んだりカミングアウトをしている有名人の発言などを見てしまうのはどうしてだろうと訝ることは多い。わたしはそうしたものを読みながらそれはほとんどわたしには関係のないことのように思っているのに、わたしはそう思っているわたしの思っていることに自信がない。

  • セックスの笑っちゃうところ:する前に服を脱ぐところ。

  • でも『正欲』のあの場面を読んで美しいとか恥ずかしいとか思っているあなたは馬鹿だ。

  • 言葉は生き物だからねー、と棒調子に言う人。

  • 死刑判決を受けて最低の気分になった夢を見た。自分が人間以下の存在になったような。これが余命宣告だったらまた違うのだろうかと訝る。

  • 美しい人たちの世界に対する敵対をなんとなく安易に感じてしまう一方で国旗みたいなものにはどうも付き合いきれないとも思う。自殺した先生のだらだらした言い訳に真実があるように思うのはそういうところで。

  • 頭がいい人間にはなりたいと思っていて賢しい人間にはなりたくないと思っていたけれど、そのふたつを区別できると思っていたのがそもそもの間違いではあった気がする、そして何かに詳しい人間には今でもあまりなりたくない。

  • じゃあ何にでも詳しい人間になれば結局それでいいのかあなたは、とは思うが、だから本当は笑顔がかわいいとか、そういう方向でなりたいものを考えたほうが幸福には結びつくのだろうと、それでいいのかと思いながら。

  • 日本のスマホ代が高すぎるのかどうかあまりよく知らない。日本。にほんにほんにほん。日本とはどこだろうかと思う。

  • だいたいは織り込み済みの愚行なのだけれど。

  • いい感じの用語を作ったせいでよく知らない人たちに好き勝手されている物理学者や数学者のことを憐れむ気持ちも昔はあったが、今はもうそれどころではない。

 

 ある朝/グレゴール・ザムザが/恐ろしい/夢から/目覚めると/彼は/自分が/ベッドの/中で/一人の/グレゴール・ザムザに/なっているのを/発見した。

——「良い夜を持っている」

 

  • そういえば髪を人に触られている時期もあったと思い出す。袖を引っ張られている時期もあったし寝ているところを叩き起こされる時期もあった。みなさんが他人に対するいいぐあいの接し方を身につけているという事実はみなさんの倫理や賢さとはぜんぜん関係ありませんよ。

  • 世界が正しいと思っていたのと同じくらいに大人になる意味がないと思っていた、わたしの背がだんだんと伸びて背丈までの煉瓦の個数をもう数えなくなったころに信じられないような顔をして制服を着ていた、卒業した学校のグラウンドに寝転んで流星群を見ようと目を凝らしていたときにほんとうのところは何を考えていたのだろう、眼鏡を外したら空がぼやけてそんなはずはないと思ったことだけをたぶんいつまでも思い出すことができる。

  • 放射状に配置されていた教室の机が次第に風化していく。

  • わたしの中ではあなたは死なない、というのはつまり、実際にそうだということではなくて、わたしの中ではあなたは引っ越さない、ということを、死なない、と言っているのであって、わたしの中ではあなたは引っ越さない、というのは、わたしの中ではあなたは死んだ、ということと矛盾なく同居するのだけれど、そのことをほんとうにわかっていてそう言っているのか、といつも訝しく思う。

  • クラスの全員にあだ名をつけていた先生、ありがとう。ここはわたしが引き受けますから、先に行ってください。

  • コーヒーからお酒みたいな味がした。

  • 花屋に見たことのある花が咲いていた。

  • パリよりもベルリンに行きたい。

  • それはもう繊細な作風の脳なので摂食障害になってほとんど何も食べられなくなったことというのはあり、あれはほんとうは治るということはないまま、ただわたしは治らないままに食べているだけということなのではないかと思うこともありなんだかおぞましい。冬のお風呂上がりに寒さに震えながら顔をしかめている自分を夏の自分の倫理が戒めてくるようなことと同じで、わたしがずっと耐えがたいと思っているのはわたしがsame spaceをoccupyしているところのわたしなのだった。

  • フィクションの人間を慰められないのがずっと嫌だった。

  • 即物性というのはたとえば、死の近い人が形見として残そうとしている風景画の絵具がまったくそうした死のことを、その人のことを、それをきちんと大切にするであろう人のことを、それを打ち捨てておく人のことをまったく顧慮することなく、そもそも顧慮するというような擬人化さえもありえずに、まったく摂理に則って風化していくだろうと直感するときに理解する類のものだ。

  • 幼いころに授業に出過ぎてしまったせいだとは思わない? そのせいでみんなずっとばかみたいに授業中みたいな喋り方をしているんだと思わない?

  • わたしだってほんとうはもっと真剣にサンリオキャラクター大賞に向き合いたいと思っているのだ。

  • あなたの心象風景のなかで静かに愚劣に澄んでいる湖。

  • 人の悲しみほど悲しいものもなく、自分の悲しみほどどうでもいいものもないと思うのだが、その割にあまり心がしっかりしていないので人生のことをべらべらと話してしまう、本当はきちんとあなたに言いたかったことがあって、それはきっとあなたを傷つけるだろうと思ったからわたしは何も言えなかった。あなたが将来抱えることになるより大きな悲しみに目を瞑って。

 

 'Anyway, I like it now,' I said. 'I mean right now. Sitting here with you and just chewing the fat and horsing —'

 'That isn't anything really!'

 'It is so something really! Certainly it is! Why the hell isn't it? People never think anything is anything really. I'm getting goddam sick of it.'

——The Catcher in The Rye