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雑記帖

創作以外のことを書きます

缶コーヒーは不味い

缶コーヒーは不味い。というのはトートロジーであって、私が不味いコーヒーと言った場合、味の如何に関わらず大体において缶コーヒーのことを指している。そして私はその缶コーヒーもとい不味いコーヒーを愛好している。

キリンやサントリーなど、世に不味いコーヒーを送り出す企業は幾つかあり、そうして、各社ともただ同じ不味いコーヒーをひたすら作り続けるわけではなく、毎年、趣向をこらして新作の不味いコーヒーを出している。そしてその不味いコーヒーたちは不味い。確か一昨年のものだったかは灰を入れた水の味がした。そして確かそれを20本近くは飲んだ。不味かった。

ホットの不味いコーヒーはアイスの不味いコーヒーに比べるとあまり不味くはなく、したがって不味いコーヒーの旬は夏である。夏場に自動販売機やコンビニなどで冷えている不味いコーヒーは不味いコーヒーの中でも特に不味い。或いは冬においても、例えばホットの不味いコーヒーを買って懐炉がわりに使ったとして、その絶妙な冷め具合の、あまりに得るものがない温度は、不味いコーヒーの不味さをいっそう引き立ててくれるものである。

不味いコーヒーは缶から取り出しても不味いので不味いコーヒーの不味さは不味いコーヒー自体の責任である。そのように不味いコーヒーを私は日々購入しており、飲むたびに不味いと感想を漏らしているのであって、不味いコーヒーは不味く、例えば美味しい食べ物と不味い食べ物では美味しい食べ物を選ぶのだが、普通のコーヒーと不味いコーヒーがあったら不味いコーヒーが選ばれるのだと思う。

不味いコーヒーは様々な場所に存在しているので、不味いコーヒーを手に入れることは容易である。これは不味いコーヒーの特殊さであり、例えば不味いオレンジジュースを探すのは結構難しかったりするものである。不味いコーヒーの不味さは美味しいコーヒーと飲み比べなくても解る不味さであるのでそうした飲み比べは不要であり、むしろ2つの不味いコーヒーを並べてどちらがより不味いかを比較する方が有意義である。

不味いコーヒーは不味いので、美味しい缶コーヒーなどといった表現は美味しくて不味いコーヒーといったものを想定することになり不毛である。