雑記帖

創作以外のことを書きます

ノヴァイオレット・ブラワヨ『あたらしい名前』感想など

ジンバブエからアメリカへーー。グァバを盗んだり、ごっこ遊びをしたり、天真爛漫に遊ぶジンバブエでの日々を経て、少女ダーリンはアメリカに移り住む。しかし豊かで物があふれる国での暮らしは、予想外に戸惑うものだった。」(カバーより)

 

カバーにこう書いてあるのですが、これ殆ど詐欺。「ごっこ遊び」という言葉に収斂されているのは世界システムであって、殺人であって、天真爛漫さはむしろ残酷さだと、子供でない目線からはそうとすら見えてしまう。ストーリーは確かに冒頭に書いた通りで、内容はアフリカの生々しい現実を感じさせるものでもあるのですが、それがおそらくこの物語の本領ではない。

Twitterで軽く感想をサーチしてみると、まず目に入るのは「アフリカの現実をまざまざと見せつけられ衝撃を受けた」という類いのもの。いや、この本を読むまで貴方はアフリカのことを何だと思っていたんですかね。あまりに無関心過ぎではと。そうでない感想で見当たったのは「貧困も知ってることばかりだし、テーマだけが壮大で結局回収されず終わりも適当」というもの。それはあまりに内容しか読んでいなさ過ぎでは。

言いたいことは、この物語の本領は視点にあるのだと、そう思う訳です。大きな世界の文脈の中にはない、本来のままで解釈から離れたまま放り出されているほんとのことを、そのまま突きつけられるような特異な視点。視点が痛い。多分、あるように、いつものようにアフリカについて思うように憤ったり、同情したりできるのであれば、こんなに刺さりはしないのだと思う。

アフリカはどのようであるか、知っていることばかりであったというのは私にとっても必ずしも当てはまらないことではないのですが、それでも知らなかったような生々しさがあります。過激という言い方が正しいのかは解りかねますが一般的にそうとされる描写もありますが、読んで後悔はしないと思います。高いけど。